スエズ運河 - Wikipedia: "元々、紅海と地中海を結ぶ運河は紀元前2000年頃にはすでにあったとされており、これがスエズ運河の起源とも言える。しかし、その後砂に埋もれていつしか無くなったとされている。でも一番儲かったのは例によってイギリス。
フランス外交官のフェルディナン・ド・レセップスの指揮によって、1859年4月25日の着工から、10年の歳月をかけて建設され、1869年11月17日に開通した。150万人のエジプト人が動員され、うち12万5000人が主にコレラによって亡くなったと推定されるなど、建設には多大な犠牲が払われた。この運河の開通により、アジアから欧州・アメリカ大陸への海運においてアフリカ大陸の喜望峰を周回する必要がなくなった"
つまり:
スエズ運河 - Wikipedia: "開通後はフランスとエジプトの共同所有とされたが、対外債務を抱えたエジプトは運河管理会社の株をイギリスに売り渡すことを余儀なくされ、1882年には運河を保護することを理由にイギリス軍が運河の両岸に駐留しはじめる。このときのイギリス首相はディズレーリで、購入資金を融通したのはロスチャイルド銀行であった。以後、実質的にイギリスがスエズ運河を支配することになる。
これ以後、イギリス帝国における拠点のひとつとして重視され、19世紀後半から20世紀前半にかけて3C政策という世界政策が推進されるもととなった。これは、ドイツの進める3B政策と対立し、第一次世界大戦の原因のひとつとなった。"
ロスチャイルド家は、日露戦争時に日本の戦費国債を引きうけたことでも知られる(そのお金で戦艦「三笠」が買えた)。日本が勝つと思ってやったことではなく、むしろユダヤ人虐殺を行ったロシアのロマノフ王朝を倒すことが主眼であった。でも結果的には大儲け。
歴史とお金の関係は、興味深い。
1 件のコメント:
それにしてもこれだけの大工事を10年でやったとはエライ。成田空港は40年経っても完成していないのだ。
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